第1章:ドンレミの少女
私の名前はジャンヌ。1412年、フランスのドンレミという小さな村で生まれました。父はジャック・ダルク、母はイザベル・ロメ。私には3人の兄と1人の妹がいました。

私たちの村は、ムーズ川のほとりにある平和な場所でした。緑豊かな草原が広がり、遠くには深い森が見えます。春になると、野原は色とりどりの花で彩られ、私たち子供たちは花冠を作って遊びました。
でも、その平和は表面的なものでした。百年戦争の影響で、私たちの暮らしは常に不安定でした。イングランド軍とその同盟国ブルゴーニュ公国の軍隊が、しばしば近隣の村々を襲撃していたのです。

ある日、近くの村が襲われたという知らせが入りました。村人たちは恐怖に震え、男たちは武器を手に取りました。
「ジャンヌ、家の中にいなさい」と母は言いました。その声には、普段聞いたことのない緊張感がありました。
私は家の中で、妹のカトリーヌと一緒に震えていました。外からは馬のいななきと、男たちの怒号が聞こえてきます。

「神様、どうか私たちをお守りください」と、私は必死に祈りました。
幸い、その日は襲撃を免れました。でも、そのときの恐怖は私の心に深く刻み込まれました。なぜ人々は争うのだろう。なぜ平和に暮らせないのだろう。そんな疑問が、幼い私の心を占めるようになりました。
日々の暮らしは、そんな不安を抱えながらも続いていきました。私は両親の手伝いをし、羊の世話をするのが日課でした。羊たちと過ごす時間が、私にとっては一番の癒しでした。
「ジャンヌは羊飼いの才能があるね」と、父はよく言っていました。その言葉に、私はちょっぴり誇らしい気持ちになったものです。
ある日、私が13歳の時のこと。いつものように庭で羊の世話をしていると、突然まぶしい光に包まれました。そして、神々しい声が聞こえてきたのです。

「ジャンヌよ、汝は神に選ばれし者なり。フランスを救い、王太子シャルルを正統な王位につけるのだ」
その声の主は、大天使ミカエルでした。私は驚き、恐れおののきました。でも、その声には不思議と安心感があったのです。
「でも、私にそんなことができるでしょうか?」と、私は小さな声でつぶやきました。私はただの村娘。字も満足に書けません。そんな私に、国を救うなんてできるのでしょうか。
「恐れることはない。神が汝と共にあらん」と、ミカエルは優しく答えてくれました。その言葉に、私の心は少し落ち着きました。
それ以来、私は聖カトリーヌと聖マルグリットの声も聞くようになりました。彼女たちは私に勇気を与え、使命を果たすよう励ましてくれました。
でも、両親や村人たちに話しても、誰も信じてくれませんでした。
「ジャンヌ、そんな妄想は捨てなさい」と、母は心配そうに言いました。母の目には、娘の将来を案じる色が浮かんでいました。
「お前は農民の娘だ。戦争なんて関係ない」と、父は厳しく諭しました。父の声には怒りよりも、恐れが感じられました。
村の人々も、私を奇異の目で見るようになりました。
「あのジャンヌ、どうも様子がおかしいらしいよ」
「神の声が聞こえるだって?気が触れたんじゃないか」
そんなささやき声が、私の耳に入ってきます。でも、私には確信がありました。聞こえた声は、決して幻想ではありません。神が私に与えた使命なのです。
そんな中、唯一の理解者となってくれたのは、幼なじみのレミでした。
「僕は信じるよ、ジャンヌ」とレミは言ってくれました。「君が嘘をつくはずがない」
レミの言葉に、私は涙が出そうになりました。誰かに信じてもらえるというのは、こんなにも心強いものなのですね。
「ありがとう、レミ」と私は答えました。「でも、これは私一人の戦いなの。あなたを巻き込むわけにはいかないわ」
レミは少し寂しそうな顔をしましたが、うなずいてくれました。
時が過ぎ、私は16歳になりました。声は日に日に強くなり、私の心を占めるようになっていきました。もう、このままではいられません。行動を起こさなければ。そう、私は決心したのです。
第2章:シノンへの旅立ち
決心した私は、両親に告げました。
「お父さん、お母さん。私には使命があるんです。フランスを救わなければならないの」
両親は驚き、そして激しく反対しました。
「何を言っているんだ、ジャンヌ!」と、父は怒鳴りました。「お前一人で何ができるというんだ。危険すぎる!」
「お願い、ジャンヌ。そんな無茶はやめて」と、母は泣きながら懇願しました。
私の心も揺れました。両親を悲しませたくない。でも、神の声に背くこともできません。
「お父さん、お母さん。私にはできるんです。神様が私を導いてくださる。信じてください」
何度も何度も説得を試みました。両親の怒りは、やがて悲しみに変わっていきました。そして最後には、私の決意の固さを認めてくれたのです。
「気をつけるんだぞ、ジャンヌ」と、父は涙ぐみながら言いました。その声には、怒りよりも諦めと愛情が感じられました。
「神様がお守りくださいますように」と、母は私を強く抱きしめてくれました。その温もりが、私に勇気を与えてくれました。
村を出る日、多くの村人たちが見送りに来てくれました。
「気をつけて行っておいで、ジャンヌ」
「無事に帰ってくるんだよ」
みんなの声に、私は深く頭を下げました。
「必ず戻ってきます。そして、平和なフランスを取り戻します」
レミも来ていました。彼は無言で私に小さな木彫りの十字架を渡してくれました。
「護符だよ。きっと君を守ってくれる」
私はその十字架を胸に抱き、旅立ちました。
最初の目的地は、ヴォクルールでした。そこにいるロベール・ド・ボードリクールという地元の司令官に会うためです。彼なら、私をシャルル王太子のもとへ連れて行ってくれるはずです。
ヴォクルールへの道のりは険しいものでした。山道を越え、川を渡り、時には森の中を進まなければなりません。足はすりむき、服は泥だらけになりました。でも、私の決意は揺るぎませんでした。
ようやくヴォクルールに着いたとき、私は疲れ果てていました。でも、ボードリクールに会えると思うと、新たな力がわいてきました。
しかし、現実は厳しいものでした。
「女の子が何をできるというのだ?家に帰って、針仕事でもしていろ」
ボードリクールは、私の話を一蹴したのです。
でも、私は諦めませんでした。何度も何度も彼のもとを訪れ、神からの使命を説明しました。
「お願いです、ボードリクール様。私の言葉を信じてください。フランスには希望があるのです」
最初は冷ややかだった彼の態度も、少しずつ変わっていきました。
「お前の目には、確かに何かがある」と、彼はつぶやきました。「だが、それが神の啓示なのか、それとも狂気の沙汰なのか…」
ついに、彼は私の真剣さに折れ、シノンにいるシャルル王太子のもとへ行くことを許してくれたのです。
「行け、ジャンヌ。だが、気をつけろ。道中は危険だ」
彼は私に、男装をするようにアドバイスしてくれました。女性一人旅は危険すぎるからです。私は髪を切り、男装をして旅立ちました。
シノンへの旅は、想像以上に過酷でした。イングランド軍の支配地域を通らなければならなかったからです。昼は人目を避けて森の中を進み、夜は星を頼りに進みました。
ある日、イングランド軍の巡回に遭遇しそうになりました。私は急いで茂みに身を隠しました。心臓が口から飛び出しそうなほど激しく鼓動していました。
「神様、どうかお守りください」と、私は必死に祈りました。
兵士たちは、私のすぐそばを通り過ぎていきました。あと数センチ近ければ、見つかっていたでしょう。冷や汗が背中を伝っていきます。
危機を脱したあと、私は深く息をつきました。神のご加護を感じずにはいられません。
そんな危険な目に何度も遭いながらも、私たちは少しずつシノンに近づいていきました。そして、ついに…
「あれがシノン城だ!」
同行者の一人が叫びました。遠くに、大きな城が見えます。私の心は高鳴りました。ついに、シャルル王太子に会えるのです。
私は深く息を吸い込み、城に向かって歩き始めました。これから始まる新たな冒険に、期待と不安が入り混じっていました。
第3章:王太子との出会い
シノンの宮殿は、私が想像していたよりもずっと大きく、豪華でした。高い塔、厚い城壁、美しいステンドグラス。全てが圧倒的で、私のような田舎娘には、まるで夢の中にいるようでした。
宮殿に入ると、大勢の貴族たちが集まっていました。きらびやかな衣装を身にまとった彼らは、私のような粗末な服を着た者を、奇異の目で見ています。
「あれが王太子様かしら」「いいえ、あちらの方では」
貴族たちのささやき声が聞こえてきます。確かに、王太子らしき人物が見えました。豪華な衣装を身にまとい、周りの人々に囲まれています。でも、私にはすぐにわかったのです。彼は本物の王太子ではありませんでした。
神の声が私に告げています。「真の王太子を見出すのだ」と。
私は迷わず、部屋の隅に控えていた一人の若者に近づきました。彼は質素な服を着て、ほとんど誰にも注目されていません。でも、私には分かるのです。この人こそが、真の王太子なのだと。
「こんにちは、高貴なる王太子様。私はジャンヌ・ダルクと申します。神のお告げによって、あなた様をお助けするためにやってまいりました」
部屋中がシーンと静まり返りました。全ての目が、私と若者に注がれています。
若者、つまり本物のシャルル王太子は、驚いた様子で私を見つめていました。
「どうして…どうして私だとわかったのだ?」と、王太子は震える声で尋ねました。
「神様が教えてくださいました」と、私は答えました。「あなた様こそが、フランスの真の王となるお方です」
王太子の目に、驚きと希望の光が宿りました。
「あなたが、うわさの少女ジャンヌか」と、王太子はつぶやきました。
その後、私は王太子と二人きりで話をする機会を得ました。広間の片隅で、私たちは向かい合って座りました。
「ジャンヌ、本当に神の声を聞いているのか?」と、王太子は真剣な表情で尋ねました。
「はい、間違いありません」と、私は答えました。「そして、神様はあなた様がフランスの正統な王であると、私に告げられました」
王太子の目に、疑いの色が浮かびました。「だが、私にはその資格があるのだろうか。父上は…」
彼の言葉を遮るように、私は彼の心の中にある秘密の祈りを口にしました。それは、彼が誰にも言っていない、神に捧げた密かな祈りの言葉でした。
王太子の顔から血の気が引きました。「なぜ…なぜそれを」
「神様が私に教えてくださったのです」と、私は静かに答えました。「あなた様は、フランスを救うために選ばれた方なのです」
その瞬間、王太子の目に涙が浮かびました。彼は完全に私を信じてくれたのです。
「ジャンヌ、君は本当に神に選ばれし者なのだね。私たちの希望の光だ」と、王太子は涙を浮かべながら言いました。
その言葉に、私も胸が熱くなりました。ここまでの道のりは決して楽ではありませんでした。でも、この瞬間のために、全てがあったのだと思いました。
「王太子様、これからが本当の戦いの始まりです」と、私は言いました。「共に、フランスを救いましょう」
王太子はうなずき、私の手を取りました。「ジャンヌ、君と共に戦えることを光栄に思う。フランス軍の指揮を、君に任せよう」
こうして、私はフランス軍の指揮を任されることになったのです。17歳の少女が、国の命運を担うことになったのです。
その夜、私は宿舎で一人、深く考え込みました。これからの道のりは、さらに険しいものになるでしょう。でも、神が共にいてくださる。そう信じて、私は目を閉じました。明日からの戦いに向けて、心と体を休める必要があったのです。
第4章:オルレアンの解放
フランス軍の指揮を任された私は、まず自分の装備を整えることにしました。
「ジャンヌ、これを着るんだ」
王太子の命令で、白い鎧が用意されました。それは、まるで天使の羽のように輝いていました。
「そして、これを」
王太子は、特別な剣を私に渡しました。「勝利をもたらす剣」と呼ばれるその剣は、聖カトリーヌの教会の祭壇の後ろから見つかったものだと言います。
私はその剣を手に取り、深く息を吸い込みました。剣の重みが、私の使命の重さを物語っているようでした。
「さあ、オルレアンへ向かおう」
私たちの目的地は、イングランド軍に包囲されているオルレアンの町でした。その町を解放できれば、戦況は大きく変わるはずです。
オルレアンに近づくにつれ、戦争の悲惨さが目に飛び込んできました。焼け野原と化した畑、崩れ落ちた家々、そして疲れ果てた住民たち。
「なんて酷い…」と、私はつぶやきました。
「これが戦争の現実だ、ジャンヌ」と、共に来た将軍の一人が言いました。「準備はいいか?」
私は深く息を吸い、「はい」と答えました。
オルレアンの町は、イングランド軍に完全に包囲されていました。町の人々は飢えと恐怖に苦しんでいました。私たちがやってきたとき、彼らの目には希望の光が宿りました。
「神の使いのジャンヌが来てくれた!」と、人々は喜びの声を上げました。
その声を聞いて、私の決意はさらに固くなりました。この人々を、この町を、そしてフランスを救わなければならない。
戦いは激しいものでした。イングランド軍は強く、経験豊富でした。彼らの矢が空を覆い、大砲の音が大地を揺るがします。
最初の攻撃で、私たちは苦戦を強いられました。多くの兵士が倒れ、後退を余儀なくされたのです。
「もうだめだ!撤退しよう!」と、ある将軍が叫びました。
その時、私は神の声を聞きました。「恐れるな、ジャンヌ。私が共にいる」
私は大きな声で叫びました。「恐れることはありません!神が私たちと共にいらっしゃいます!」
その言葉に、兵士たちの目に再び光が戻ってきました。
「ジャンヌに続け!」「フランスのために!」
私は白馬に乗り、先頭に立って突撃しました。兵士たちが、私の後に続きます。
激戦が続きました。私自身も、肩に矢を受けるなどの傷を負いました。でも、痛みを押し殺して戦い続けました。
そして、ついに…
「敵が撤退していく!」「勝った!勝ったぞ!」
オルレアンを解放することができたのです。
人々は喜び、祝福の声を上げました。兵士たちは抱き合って喜び合っています。
私は静かに馬から降り、膝をつきました。
「神様、ありがとうございます」
心の中で、私は感謝の祈りを捧げました。これは終わりではなく、始まりに過ぎません。でも、大きな一歩を踏み出すことができたのです。
その夜、オルレアンの町は祝祭ムードに包まれました。人々は踊り、歌い、喜び合っています。
「ジャンヌ様、ありがとうございます」
「神の使いジャンヌ様、万歳!」
そんな声が、至る所から聞こえてきます。
私は少し離れた場所で、静かに夜空を見上げていました。
「ジャンヌ」
振り返ると、シャルル王太子が立っていました。
「よくやってくれた。君のおかげで、我々に希望が戻ってきたよ」
「いいえ、これは皆様のおかげです」と、私は答えました。「そして何より、神のご加護があったからこそです」
王太子は優しく微笑みました。「これからも、君と共に戦えることを誇りに思う」
私は深くうなずきました。そして、再び夜空を見上げました。
まだまだ、長い戦いが続くでしょう。でも、この勝利が、フランス全土を解放する第一歩となることを、私は確信していました。
第5章:ランスへの道
オルレアンの勝利の後、私たちはさらなる勝利を重ねていきました。ジャルジョー、ボージャンシー、パテーと、次々に町を解放していったのです。
フランス軍の士気は上がり、人々の間に希望が広がっていきました。私の名前は、フランス中に知れ渡るようになりました。
「ジャンヌ・ダルク、オルレアンの乙女」
そう呼ばれるようになった私でしたが、心の中では常に神の声に耳を傾けていました。
「ジャンヌよ、汝の使命はまだ終わっていない。シャルルを正統な王として戴冠させるのだ」
その声に導かれ、私たちはランスを目指して進軍を始めました。ランスの大聖堂は、フランス国王の戴冠式が行われる聖地です。そこでシャルル王太子を正式に国王として戴冠させることができれば、彼の正統性が認められ、フランスの統一に大きく近づくはずです。
道中、多くの町や村を通過しました。どこに行っても、人々は私たちを熱狂的に迎えてくれました。
「ジャンヌ様、ありがとう!」
「フランスの救世主だ!」
そんな声を聞くたびに、私は身が引き締まる思いでした。同時に、重圧も感じていました。これほど多くの人々の希望を背負っているのだと。
ある日、小さな村を通過したときのことです。一人の少女が私に近づいてきました。
「ジャンヌお姉ちゃん、これ」
少女は、小さな花束を差し出してきました。その純真な笑顔に、私は胸が熱くなりました。
「ありがとう」と言って、私はその花束を受け取りました。「大切にするわ」
その夜、宿営地で一人きりになったとき、私はその花束を見つめていました。こんな小さな幸せを守るために、私は戦っているのだ。そう、改めて決意を固めました。
しかし、ランスへの道のりは決して平坦ではありませんでした。イングランド軍との戦いは続き、時には厳しい戦況に追い込まれることもありました。
ある戦いでは、私は再び負傷してしまいました。今度は脚に矢が刺さったのです。
「ジャンヌ!大丈夫か?」と、シャルル王太子が駆け寄ってきました。
「大丈夫です」と、私は痛みをこらえて答えました。「これくらいで倒れるわけにはいきません」
その夜、傷の手当てをしながら、私は少し弱音を吐いてしまいました。
「神様、本当に私にできるのでしょうか」
すると、またあの声が聞こえてきました。
「ジャンヌよ、恐れるな。汝の使命は必ず果たされる」
その言葉に、私は再び勇気づけられました。そうだ、ここで諦めるわけにはいかない。フランスの未来がかかっているのだから。
そして、ついに7月16日、私たちはランスの町に到着しました。町の人々は、私たちを熱狂的に迎えてくれました。
「シャルル様、万歳!」
「ジャンヌ様、ありがとう!」
歓声が町中に響き渡ります。
シャルル王太子は、少し緊張した様子で私に言いました。
「ジャンヌ、ここまで来られたのは君のおかげだ。本当にありがとう」
私は深々と頭を下げました。「いいえ、これも全て神のご計画なのです」
そして、いよいよ明日、戴冠式の日を迎えることになりました。
その夜、私は一人で大聖堂を訪れました。ひっそりとした聖堂の中で、私は跪いて祈りました。
「神様、どうか明日の式を無事に執り行えますように。そして、フランスに平和が訪れますように」
静寂の中、私の祈りの言葉だけが響いていました。明日、新しい時代が始まる。そう確信しながら、私は目を閉じました。
第6章:捕縛と裁判
7月17日、ランス大聖堂で、シャルル王太子はフランス国王シャルル7世として正式に即位しました。私はその場に立ち会い、自分の使命が果たされたことを実感しました。
「ジャンヌ、君のおかげでこの日を迎えることができた。フランス中の人々が君に感謝しているよ」と、新しく即位したシャルル7世は私に語りかけました。
私は喜びと同時に、少し寂しさも感じていました。これで私の役目は終わったのでしょうか?
しかし、神の声は私にまだ使命があることを告げていました。フランス全土の解放です。
そして、私は戦い続けました。パリ攻略を試みましたが、残念ながら失敗に終わりました。それでも、私は諦めませんでした。
1430年5月、コンピエーニュの戦いで、思わぬ事態が起こりました。激しい戦いの最中、突然、味方の門が閉められたのです。
「どうして…」
驚いている間もなく、私はブルゴーニュ軍に捕らえられてしまいました。
「神様、どうか私をお守りください」
私は必死に祈りました。しかし、状況は悪化の一途をたどります。ブルゴーニュ軍は私をイングランド軍に引き渡したのです。
牢獄での日々は辛いものでした。暗く湿った牢の中で、私は毎日祈りを捧げていました。
「神様、私はまだ使命を果たしていません。どうか力をお与えください」
そんな私を、イングランド軍は冷ややかな目で見ていました。
「お前は魔女だ。神の声なんて聞こえるはずがない」
「フランス軍を勝利に導いたのは、お前の黒魔術のせいだ」
そう言って、彼らは私を責め立てました。でも、私は決して信念を曲げませんでした。
「私が聞いた声は、確かに神からのものです。それを否定することはできません」
そんな私の態度に、イングランド側はさらに苛立ちを募らせました。彼らは、教会の権威を利用して私を罰しようと考えたのです。
こうして、異端審問が始まりました。
裁判は、ピエール・コーションという司教が主導しました。彼は最初から私に敵意を向けていました。
「ジャンヌ・ダルク、お前は異端の罪で告発された。神の声が聞こえるというのは、悪魔の仕業に他ならない」
コーション司教はそう言って、私を厳しく追及しました。
長い尋問が続きました。時には、拷問も加えられました。でも、私は決して屈しませんでした。
「私の信仰は本物です。神様は私と共にいらっしゃいます」
そう答え続ける私に、裁判官たちはますます苛立ちを募らせていきました。
ある日、彼らは新たな策を講じてきました。男装を理由に、私を罰しようとしたのです。
「お前は男装をしている。これは神の教えに反する行為だ」
私は反論しました。「私が男装をしているのは、軍の中で身を守るためです。それに、神様はこの服装を許してくださっています」
しかし、彼らは聞く耳を持ちませんでした。
最後の審問の日、コーション司教は私に最後通告をしました。
「ジャンヌ・ダルク、お前の主張を撤回し、罪を認めれば、教会は慈悲を与えよう」
その言葉に、一瞬だけ迷いが生じました。でも、すぐに神の声が聞こえてきました。
「ジャンヌよ、恐れるな。汝の魂は神の手の中にある」
その声に勇気づけられ、私は毅然と答えました。
「私が聞いた声は、確かに神からのものです。それを否定することはできません」
その言葉を聞いて、コーション司教の顔が歪みました。
「よかろう。ならば、お前を火刑に処す」
1431年5月30日、私は火刑に処されることが決まりました。
牢の中で、最後の夜を過ごしながら、私は静かに祈りました。
「神様、あなたの御心のままに」
第7章:最後の瞬間
1431年5月30日、朝日が昇る頃、私は牢から連れ出されました。
ルーアンの旧市場広場には、既に大勢の人々が集まっていました。イングランド兵、教会の高位聖職者たち、そして好奇の目で私を見つめる民衆。
私は白い服を着せられ、火刑台へと連れて行かれました。足取りは重く、でも私の心は不思議と穏やかでした。
火刑台に立たされた私は、空を見上げました。美しい青空が広がっていました。小鳥のさえずりが聞こえます。こんな日に、人はなぜ争うのだろう。そんなことを考えていました。
コーション司教が前に進み出て、私の罪状を読み上げ始めました。
「ジャンヌ・ダルク、お前は異端の罪により、この世から追放される」
その言葉を聞きながら、私は自分の人生を振り返っていました。ドンレミの村での平和な日々、神の声を聞いた日、オルレアンでの戦い、シャルル7世の戴冠式…全てが走馬灯のように駆け巡ります。
「最後に何か言い残すことはあるか?」と、司教が尋ねました。
私は深く息を吸い込み、はっきりとした声で答えました。
「私がしたことは全て、神の御心のままです。そして、シャルル7世こそが、フランスの正統な王です」
その言葉に、群衆からどよめきが起こりました。
そして、火が付けられました。
炎が上がり始めると、私は大きな声で叫びました。
「イエス!イエス!」
熱が体を包み込みます。痛みはありましたが、不思議と恐怖はありませんでした。
煙が目に染みる中、私は十字架を見つめていました。そして、再び神の声が聞こえてきました。
「よくやった、我が忠実なる僕よ。今、汝を迎えに参った」
その瞬間、私の魂が体から解き放たれるのを感じました。
私は空高く昇っていきます。下では、人々が騒然としているのが見えました。でも、それはもう遠い世界のことのように思えました。
最後の瞬間、私は確信しました。私の人生は、決して無駄ではなかったのだと。フランスの人々の心に、希望の灯をともすことができたのだと。
そして、私の魂は永遠の光の中へと溶けていったのです。
エピローグ
私の死後、多くの人々が私の無実を訴えました。シャルル7世も、ようやく動き出しました。
1456年、教会は再審理を行い、私の名誉を回復してくれました。異端の判決は取り消され、私は殉教者として認められたのです。
時は流れ、1909年に私は福者に列せられ、そして1920年、ついに聖人の列に加えられました。今でも多くの人々が、私のことを「オルレアンの乙女」として覚えてくれています。
私の人生は短く、苦難に満ちたものでした。でも、神への信仰と祖国への愛に導かれ、自分の使命を全うすることができました。
今、この物語を読んでくれているあなたへ。
人生には、時として大きな試練が訪れることでしょう。でも、決して希望を失わないでください。あなたの中にある信念を大切にし、それを貫く勇気を持ってください。
そして、平和のために行動してください。争いではなく、理解と愛によって問題を解決する方法を探してください。
私の時代とは違い、今の世界には多くの可能性があります。その可能性を、よりよい未来のために使ってください。
神は、必ずあなたと共にいてくださいます。
さあ、あなたの物語を始めましょう。世界は、あなたの行動を待っているのです。